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大阪地方裁判所 昭和60年(ワ)2197号 判決 1986年5月26日

原告

向井孝こと

安田長久

原告

戸田るり子

右両名訴訟代理人弁護士

中北龍太郎

被告

右代表者法務大臣

鈴木省吾

右指定代理人

竹中邦夫外一名

被告

大阪府

右代表者知事

岸昌

右訴訟代理人弁護士

道工隆三

井上隆晴

柳谷晏秀

青木悦男

右指定代理人

西沢良一外三名

主文

一  被告らは、各自、原告安田長久に対し、三七万八一五〇円及びこれに対する昭和六〇年四月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告らは、各自、原告戸田るり子に対し、二七万五四五〇円及びこれに対する昭和六〇年四月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用はこれを五分し、その二を原告らの負担とし、その余を被告らの負担とする。

五  この判決は第一、二項に限り仮に執行することができる。但し、被告国は、原告安田長久について一五万円の担保を供するときは第一項の仮執行を、原告戸田るり子について一〇万円の担保を供するときは第二項の仮執行を、それぞれ免れることができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、各自、原告安田長久に対し五七万八一五〇円及びこれに対する昭和六〇年四月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告らは、各自、原告戸田るり子に対し五七万五四五〇円及びこれに対する昭和六〇年四月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  第一、二項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する被告国の答弁

1  原告らの被告国に対する請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

3  担保を条件とする仮執行免脱宣言

三  請求の趣旨に対する被告大阪府の答弁

1  原告らの被告大阪府に対する請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

原告安田は、詩人で、国際的反戦団体「戦争抵抗者インターナショナル日本部」の書記をしている。

原告戸田は、会社員で、反原発などの市民運動に従事している。

2  本件捜索差押許可状の発付と捜索差押

(一) 大阪府警察本部警備部警備第一課司法警察員警部吉村巳子三は、昭和五九年一二月二七日に、大阪簡易裁判所裁判官陶山美知彦に対し、被疑者不詳に対する御名御璽偽造被疑事件について、別紙一記載1ないし5の各場所を捜索すべき場所とする五通の捜索差押許可状の発付を請求した。

(二) これに対し同裁判官は、同日、右各令状請求に基づき、右各場所を捜索すべき場所とする各捜索差押許可状を発付した。

右各許可状には、被疑事実の要旨として、

「被疑者氏名不詳らは、WRI日本部(戦争抵抗者インターナショナル日本部)の構成員又は同調者であるが、共謀の上、天皇陛下に関する誹謗図画を散布し、不特定多数人に踏絵させることを企て、昭和五九年一二月中ごろ某所において、天皇陛下の顔写真入りのはがき大のビラに天皇陛下の御名である「裕仁」の署名及び御璽を記した文書を転写登載し、もつて御名御璽を偽造したものである。」と記載されていた。

(三) 大府府警察本部警備部警備第一課所属の別紙二記載の各司法警察員らは、同日、右各捜索差押許可状に基づき、別紙一記載1ないし5の各場所につき、それぞれ捜索を実施し、別紙一記載1の場所から別紙三記載のとおり、別紙一記載3の場所から別紙四記載のとおり、別紙一記載の5の場所から別紙五記載のとおり、それぞれ前記被疑事実の要旨掲記のビラ(以下「本件ビラ」という。)等を押収した。

3  本件行為の違法性

(一) 本件ビラは、昨今のマスコミ等が作り出している天皇ブームの風潮に対し、風刺のおもしろおかしさをもつて一石を投じようとするもので、いわば警世警句的な表現とその表現活動に外ならず、問題とされている御名御璽部分は、パロディによる文学的表現の一部に過ぎないものであつて、それが刑法一六四条の御名御璽偽造罪に該当しないことは明白である。

即ち、御名御璽の偽造といえるためには、通常人をして御名御璽と誤信させるに足りる程度のものを作成することを必要とするが、真正な御名は肉筆で書かれ、真正な御璽は朱肉で押捺されているのに、本件の御名御璽部分はコピーによるものであつて、しかも、真正な御璽の大きさは一辺が九・〇九センチメートルであるのに、本件ビラのそれは一辺が約二・五センチメートルと極端に小さく、通常人が本件御名御璽部分を真正なものと誤信することは有り得ないことである。更に、そもそも本件ビラは完全な印刷物であり、御名御璽部分の右側には「汝忠良ナル国民ニ告グ。朕ハ日本国象徴ニシテ象徴ハ宸謨留ノ意ナレドモ朕ノ象徴ハモノノヤクニ立ツベクモ非ズ。タダ朕座スルノミ。汝国民子子孫孫ニ至ルマデ其レ克ク疑念スル勿レ。鳴呼楽朕楽朕。」との、天皇若しくは天皇制を風刺するような文章が記載され、その左側には裕仁天皇の顔写真が転写されているほか、「謹賀新年」「これはゴミです拾つてはいけません。」との文言が記載され、また、その裏面にも、裕仁天皇の黒枠写真が載せられ、「ご遺言」と題する天皇制風刺の文章が記載されるなどしているのであるから、右のような本件ビラの体裁や記載文章の内容等からすれば、本件ビラのような紙片に真正な御名御璽がなされることは絶対に有り得ないことであつて、本件ビラの御名御璽部分が不真正なものであることは一見して明白というべきである。

(二) 従つて、本件各捜索差押許可状の発付は、その発付の時において本件ビラの御名御璽部分につき刑法一六四条の御名御璽偽造罪の成立する余地のないことが明らかであつたにもかかわらず、前記被疑事実についてその嫌疑があるとしてなされたものであるから、明らかに違法である。

(三) 大阪府警察本部所属の司法警察員らは、嫌疑が無にもかかわらず、本件各捜索差押許可状の発付を請求し、かつ、本件各許可状に基づき前記のとおり捜索差押をしたのであるから、その違法性も明らかである。

(四) なお、原告らは、昭和五九年一二月三一日本件差押等につきその取消を求める準抗告を申し立てたところ、大阪地方裁判所第四刑事部は、昭和六〇年三月五日に、本件捜索差押許可状の発付は違法であるなどの理由で、本件差押処分を取り消した。

4  被告らの責任

(一) 被告国は、その公権力の行使に当たる公務員である大阪簡易裁判所裁判官陶山美知彦が、その職務を行うについて、故意又は重大な過失により、前記違法行為に及んだものであるから、国家賠償法一条一項により、原告らの損害を賠償する責任がある。

(二) 被告大阪府は、その公権力の行使に当たる公務員である司法警察員らが、その職務を行うについて、故意又は重大な過失により、前記違法行為に及んだものであるから、国家賠償法一条一項により、原告らの損害を賠償する責任がある。

5  原告らの損害

(一) 本件ビラは、昭和六〇年の正月に撒かれることを予定したビラであるところ、本件差押によつて使用できなくなつた。その数量は、原告安田についてはビラ七包合計三一五〇枚、原告戸田については一包四五〇枚である。右ビラの価格は一枚一円を下らないから、原告安田については三一五〇円、原告戸田については四五〇円の損害を蒙つた。

(二) 本件行為は、法制度を著しく濫用して、天皇の特権的地位を強化し、天皇を批判する表現を予防検束的に弾圧するもので、原告らの表現の自由に対する重大な侵害行為である。原告らが蒙つた精神的損害は、あえて金銭に換算すれば、少なくとも各五〇万円を下らない。

(三) 原告らは、前記準抗告の申立を弁護士中北龍太郎(原告ら代理人)に委任し、その費用として各二万五〇〇〇円を支払い、本件訴訟の提起遂行を原告ら代理人に委任するに際し、各五万円の支払を約した。

6  よつて、原告安田は、被告らに対し、国家賠償法一条一項に基づき、右5(一)ないし(三)の損害金合計五七万八一五〇円及びこれに対する不法行為の後で本件訴状送達の翌日である昭和六〇年四月六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、原告戸田は、被告らに対し、同条項に基づき、右5(一)ないし(三)の損害金合計五七万五四五〇円及びこれに対する右同様昭和六〇年四月六日から支払済みまでの年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する被告国の認否

1  請求原因1の事実は知らない。

2  同2(一)及び(二)の事実は認める。

同2(三)の事実は知らない。

3  同3(一)及び(二)の主張は争う。

同3(四)の事実は認める。

4  同4(一)の主張は争う。

5  同5(一)のうち損害額の主張は争い、その余の事実は知らない。

同5(二)の主張は争う。

同5(三)の事実は知らない。

三  請求原因に対する被告大阪府の認否

1  請求原因1の事実は知らない。

2  同2(一)ないし(三)の事実は認める。

3  同3(一)及び(三)の主張は争う。

同3(四)の事実は認める。

4  同4(二)の主張は争う。

5  同5(一)の事実は不知ないし争う。

同5(二)の主張は争う。

同5(三)の事実は知らない。

四  被告らの主張

1  本件被疑事実については、嫌疑が存在していた。即ち、本件ビラそのものの御名御璽部分についてではなく、そのビラの御名御璽部分のもととなつている原版について御名御璽偽造罪の嫌疑が存在したものである。本件ビラは、その罫線の続き具合によつて明らかなとおり、文章部分と御名御璽部分とを別々に作成し、これをつなぎ合わせて作られたものである。従つて、本件ビラの御名御璽部分の原版が存在している筈であり、しかも、それは、ビラの御名御璽部分から判断して通常人が真正な御名御璽と容易に誤信する外観、形状を備えているものとみられるのである。なお、御璽の大きさについて一言すれば、本件ビラは明らかに縮小コピーされたものであつて、原版はもつと大きなものであることが明らかであるし、しかも、そもそも御璽の大きさなどは通常人にとつて知り得ないことであるから、これの大小をもつて偽造罪の成立をいうことは当を得ない。

2  (被告大阪府の主張)

別紙二記載の司法警察員らは、本件被疑事実について嫌疑があるとして発付された捜索差押許可状に基づいて本件捜索差押処分をしたものであるから、右処分は法に則つた適法なものであり、何ら違法ではない。

第三  証拠<省略>

理由

一大阪府警察本部警備部警備第一課所属の司法警察員警部である吉村巳子三が、昭和五九年一二月二七日に、大阪簡易裁判所の裁判官である陶山美知彦に対し、被疑者不詳に対する御名御璽偽造被疑事件について別紙一記載1ないし5の各場所を捜索すべき場所とする計五通の捜索差押許可状の発付を請求したこと、同裁判官が同日右各請求に基づきいずれも請求どおりの内容の捜索差押許可状を発付したこと、右各許可状には被疑事実の要旨として、「被疑者氏名不詳らは、WRI日本部(戦争抵抗者インターナショナル日本部)の構成員又は同調者であるが、共謀の上、天皇陛下に関する誹謗図画を散布し、不特定多数人に踏絵させることを企て、昭和五九年一二月中ごろ某所において、天皇陛下の顔写真入りのはがき大のビラに、天皇陛下の御名である『裕仁』の署名及び御璽を記した文書を転写登載し、もつて御名御璽を偽造したものである。」と記載されていたことは当事者間に争いがなく、大阪府警察本部警備部警備第一課所属の別紙二記載の各司法警察員らが同日右各捜索差押許可状に基づき、同別紙記載の各捜索場所を捜索し、別紙一記載1の場所から別紙三記載の物件を、別紙一記載3の場所から別紙四記載の物件を、別紙一記載5の場所から別紙五記載の物件をそれぞれ差し押さえたことは、原告らと被告大阪府との間において争いがなく、<証拠>によりこれを認めることができる。

二そこで、右各行為の違法性につき判断する。

前記一認定の事実に、<証拠>を総合すると、次の事実が認められる。

1  大阪府警察本部警備部は、昭和五九年一二月下旬頃に本件ビラに「見本」と手書きした見本ビラ及び「第三信″ちよつとおもしろいたずら遊び″への御案内」と題するビラ(以下「第三信ビラ」という。)を入手した。

2  右見本ビラによると、本件ビラは、その全体が黒一色で印刷されたものであり、その片面には、一見詔書のような形式をとりながら「汝忠良ナル国民ニ告グ。朕ハ日本国ノ象徴ニシテ象徴ハ宸謨留ノ意ナレドモ朕ノ象徴ハモノノヤクニ立ツベクモ非ズ。タダ朕座スルノミ。汝国民子子孫孫ニ至ルマデ其レ克ク疑念スル勿レ。嗚呼楽朕楽朕。」との文章とその末尾に「裕仁」の署名及び一辺が約二・五センチメートルの御璽とほぼ同じ体裁の印影が記載され、その左側には天皇の顔写真が転写され、「謹賀新年」「これはゴミです拾つてはいけません。」との文言が記載されており、本件ビラの裏面には、「賀正」「これはビラです。ご自由に処分して下さい。」という文言や「ご遺言」と題する天皇制風刺の文章等が記載されたうえ、天皇の黒枠写真が載せられていた。

3  一方、第三信ビラには、昭和五九年一二月二九日ないし同月三〇日頃に本件ビラ一包五〇〇枚を送付するが、これは人に踏ませるために作成したものであるから、同月三一日の午後一〇時以降昭和六〇年一月三日までの間に不特定多数人の歩く路上等にばらまいて欲しい旨の記載があり、末尾に原告安田らの名が記載されていた。

4 そこで、大阪府警察本部警備部は、本件ビラの作成行為が何らかの犯罪を構成するものではないか検討を重ね、宮内庁へも問い合わせた結果、本件ビラの御名御璽と類似した部分は、真正なものは一辺が九・〇九センチメートルであるので大きさが異なるものの、その他の点においては真正な御名御璽と極めて良く似ている旨の回答を得たので、本件ビラの御名御璽類似部分を作成した行為が御名御璽偽造罪に該当するものと判断し、同月二七日に、同部警備第一課所属の司法警察員である吉村巳子三は、前記一認定のとおり各捜索差押許可状の発付を請求した。右各捜索差押許可状の請求書に記載された犯罪事実の要旨は、前記一認定の同各許可状記載の被疑事実の要旨と全く同じ文言であり、右各請求書には疎明資料として前記見本ビラ、第三信ビラ及び前記宮内庁への問い合わせ結果を記載した捜査復命書が添付されていた。

以上の事実が認められる。

証人吉村巳子三は、捜査当局が嫌疑をもつたのは本件ビラの御名御璽類似部分を作成した行為ではなく、同部分の原版を作成した行為である旨証言するが、右で認定した本件各捜索差押許可状請求書の記載によれば、本件各許可状請求は本件ビラに御名御璽類似部分を転写搭載した行為のみをもつて御名御璽偽造罪に該当するものとしてなされたことが明らかであり、同各請求書記載の犯罪事実の要旨が本件ビラの御名御璽類似部分の原版の作成行為を被疑事実として掲記しているものとは到底解されないので、右証言は採用することができず、他に右認定を左右するに足りる証拠は無い。

右認定の事実によれば、本件ビラの御名御璽類似部分は、真正な御名御璽が一辺が九・〇九センチメートルであるのに対して、一辺が約二・五センチメートルであつて極めて小さく、また、真正なものは肉筆で書かれ朱肉で押捺されているのに対して、黒一色で印刷されたものであるなど、これが真正なものでないことは通常の人が一見して明白であるし、更に、本件ビラの体裁や記載内容及び第三信ビラの内容からすれば、本件ビラの作成者が右御名御璽類似部分を作成したときにおいてこれを真正な御名御璽として行使する目的を有していたとは到底みることができず、従つて、本件ビラの御名御璽類似部分を作成した行為が刑法一六四条の御名御璽偽造罪に該当するものといえないことは明白というべく、前記各捜索差押許可状の請求及び同各許可状の発付の時点において、右の嫌疑の存在を認めるに足りる資料は全くなかつたものといわなければならない。

この点について被告らは、たとえ本件ビラの御名御璽類似部分の作成行為をもつて御名御璽偽造罪の嫌疑がなくとも、同部分の原版を作成した行為については同罪の嫌疑があると主張する。

なるほど、一般に捜索差押許可状の請求又はその発付に際し、当該許可状又はその請求書に記載された被疑事実自体には嫌疑がなくとも、右事実と同一性のある犯罪事実につき嫌疑があれば、当該許可状の請求又は発付をもつて適法と判断すべき場合もあろうと考えられ、更に、前掲甲第一号証、丙第六号証によれば、本件ビラの御名御璽類似部分は本件ビラとは別の用紙上に御名御璽類似の署名と印影を作成し、これを原版として更にその大きさを縮小して本件ビラに転写搭載したものであることが推認される。

しかしながら、御名御璽偽造罪が成立するためには、御名御璽類似の署名印影を真正な御名御璽として行使する目的をもつて作成しなければならず、従つて、同罪に該当するものとして捜索差押許可状を請求しこれを発付するためには、単に御名御璽類似の署名印影を作成したことのみならず、右署名印影の作成に際してこれを真正な御名御璽として行使する目的があつたことについても嫌疑がなければならないと解されるところ、前記認定の本件ビラ及び第三信ビラの内容からすれば、右御名御璽類似部分の原版は専ら本件ビラを作成するために作成されたものであると推認することができ、他に右原版をもつて真正な御名御璽として行使する目的があつたことを示す証拠は何ら存しないのであるから、本件捜索差押許可状の請求及び発付の時において右行使の目的の存在についての嫌疑を認めるに足りる資料はなかつたものというべきである。

更に、前記認定のとおり本件各捜索差押許可状請求書に記載された被疑事実中に、「被疑者氏名不詳らは、(中略)天皇陛下に関する誹謗図画を散布し、不特定多数人に踏絵させようと企て」と記載されていること、証人吉村巳子三の証言により認められる、捜査当局は本件各許可状の請求に先立つて本件ビラの作成行為が名誉棄損罪又は侮辱罪に該当しないか検討したが、未だビラが散布されていないので、同罪の成立は認め難いと判断したこと等の各事実によれば、本件各許可状の請求は、本件ビラの散布されることを未然に防ぐことを主たる目的として行われたものではないかと疑わざるを得ない。いかなる理由があろうとも、ビラの配布を予防する目的で捜索差押許可状を請求することは、表現の自由を保障し検閲を禁止した憲法二一条の趣旨に反し、警察官としての権限を逸脱したものであることは言うまでもない。

従つて、本件各捜索差押許可状の請求及び発付は、いずれも違法な行為であり、右各違法な許可状によつてなされた捜索差押もまた、違法なものである。

なお、裁判官の行つた争訟の裁判に上訴等の訴訟法上の救済方法によつて是正さるべき瑕疵が存在したとしても、右裁判により損害を蒙る者は、まず当該争訟手続内の不服申立方法によつて救済を求めるべきであつて、右争訟の裁判をした裁判官が違法又は不当な目的をもつて裁判をしたなど、裁判官が付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと認め得るような特別の事情がない限り、国家賠償法一条一項の規定にいう違法な行為があつたものとして国に対して右損害の賠償を求めることはできないと解すべきである。

しかし、一般に、争訟とは、権利又は法律関係の存否について関係当事者間に争いがある場合に、国家機関が、当事者の申立に基づき当事者双方の主張を聴いた上で公権力をもつて、右権利又は法律関係の存否を終局的に確定する手続を意味するものと解されるところ、本件において裁判官陶山美知彦がした裁判は、司法警察員が被疑者が罪を犯したと思科されるべき資料を提供してした請求に基づき、被疑者の主張を聴かないでされた捜索差押許可状の発付であり、これは権利又は法律関係の存否の終局的確定を目的としない行政的性格を有する判断作用であつて、争訟の裁判ということはできない。

また、差押許可状の発付に対する不服申立方法としては刑事訴訟法上準抗告手続が予定されているが、一旦右許可状に基づいて差押処分がなされ、その手続が完了した後においては、たとえ右許可状発付に瑕疵がある場合にもこれに対する準抗告はできず、右違法な許可状発付により損害を蒙る者は専ら右許可状に基づく差押処分に対する準抗告によつて救済を求めるべきであると解されるところ、前掲甲第二号証の一によると、原告らが昭和五九年一二月三一日に本件捜索差押許可状の発付自体と右許可状に基づく差押処分についてその取消を求める準抗告を申し立て、準抗告裁判所は昭和六〇年三月五日に、捜索差押許可状に基づく捜索差押処分の手続が完了した後には、現にされた差押処分の取消、変更を求めれば足り、もはや右許可状の発付自体を取り消す実益はないから、許可状の発付自体の取消の申立は許されないとして、本件捜索差押許可状の発付自体についての準抗告を棄却したが、右許可状に基づく本件差押処分を右許可状発付の違法性等を理由として取り消したことが認められる(右差押処分の取消については当事者間に争いがない。)。右事実によれば、本件捜索差押許可状の発付は、形式的には通常の不服申立方法によつて取り消されることができなくなつたものの実質的には準抗告によつて取り消された場合と変わるところがない。

してみると、前記裁判官の職務行為の違法性についての見解は、本件においては妥当しがたいものというべきである。

三そこで、被告国の責任について判断する。

被告国の公権力の行使に当たる公務員である裁判官としては、捜索差押許可状を発付する際には、それが国民の住居の平穏と財産権を侵害する性質のものであるだけに、判断には慎重を期し、仮にも嫌疑が無いのに許可状を発付するようなことをしてはならない職務上の注意義務があるところ、大阪簡易裁判所の裁判官である陶山美知彦は、これに反して嫌疑を認めるに足りる資料が無いのに本件各捜索差押許可状を発付したのであるから、同裁判官には過失がある。

従つて、被告国には、国家賠償法一条一項に基づき、過失により発付された右各捜索差押許可状に基づき行われた本件各捜索差押により原告らの蒙つた損害を賠償すべき義務がある。

四次に、被告大阪府の責任について判断する。

被告大阪府の公権力の行使に当たる公務員である大阪府警察本部所属の司法警察員としては、裁判官に対して捜索差押許可状の発付を請求する際には、可能な限り任意捜査を尽くしたうえ、なお犯罪の嫌疑が存しかつその必要性がある場合にのみこれを行うべき注意義務があるところ、大阪府警察本部所属の司法警察員警部である吉村巳子三はこれに反し、何ら犯罪の嫌疑を認めるに足りる資料がないのに本件各捜索差押許可状の発付を請求したのであるから、吉村には過失がある。従つて、被告大阪府には、国家賠償法一条一項に基づき、過失による右請求により発付された本件各捜索差押許可状に基づく本件各捜索差押により原告らの蒙つた損害を賠償すべき義務がある。

原告らは、本件各許可状によつて捜索差押を行つた別紙二記載の司法警察員らにも過失がある旨主張するが、右司法警察員らは裁判官の発付した各捜索差押許可状に基づき本件各捜索差押を行つたのであるから、右各許可状に、許可状としての体裁をなさないなどの形式上の欠陥があつた等の特別な事情がある場合は格別、そうでない限りは右司法警察員らには過失は無いものと解するのが相当であるところ、右特別な事情の存在を窺わせる事実の見当たらない本件においては、右司法警察員らには過失があつたものということはできない。

五そこで、進んで原告らの損害について判断する。

1  <証拠>によれば、本件捜索により差し押さえられた別紙三ないし五記載の物件のうち、別紙三記載26ないし28の本件ビラ合計八包は、原告安田が自ら作成し同原告が所有する物であり、別紙五記載2の本件ビラ一包は、原告戸田が代金一〇〇〇円で原告安田から購入したものであつたこと、本件ビラ一包には少なくとも四五〇枚のビラが入つていたこと、本件ビラは、昭和六〇年の正月に撒かれることを予定して作成されたものであつたが、本件捜索によつて差し押さえられた分は昭和六〇年三月頃に返還されたので、結局使用することができなかつたこと、右ビラの作成に要した費用は一枚一円を下らないことが認められ、右認定に反する証拠は無く、以上の事実によれば、本件捜索差押許可状の請求及び発付により、原告安田については三一五〇円、原告戸田については四五〇円を下らない損害を蒙つたことが認められる。

2 原告安田本人尋問の結果によれば、本件ビラは、原告安田が作成し、同原告がその表現活動として散布する予定であつたことが認められる。本件各捜索差押許可状の請求及びその発付は、原告安田の右表現活動に対する侵害行為であつて、しかも、前記二で認定したところによれば、右各許可状請求は、原告安田の右表現活動を事前に防止することを目的としてなされたものである疑いが強く、本件行為の違法性は決して軽くはない。しかし、原告安田本人尋問の結果によれば、同原告の作成した本件ビラは総数約七万枚にも上ることが認められ、本件捜索によつて差し押さえられたビラは全体からみればわずかな枚数であること、前記二で認定したところによれば原告らは被疑者として取り扱われてはいないこと等の諸般の事情を考慮すれば、原告らの慰謝料としては、原告安田につき三〇万円、原告戸田につき二〇万円が相当である。

3  <証拠>によれば、原告らは、昭和五九年一二月三一日に本件捜索差押等の処分につき準抗告を申し立て、昭和六〇年三月五日に大阪地方裁判所第四刑事部から本件差押処分を取り消す旨の決定を得たこと(以上の事実は当事者間に争いがない。)、原告らは、右準抗告の申立を弁護士中北龍太郎(原告ら代理人)に委任し、その費用として各二万五〇〇〇円を支払つたこと、原告らは、本件訴訟の提起遂行を原告ら代理人に委任するに際し、弁護士費用として、各五万円の支払を約したことが認められる。

右認定事実によれば、原告らが原告ら代理人に支払つた各二万五〇〇〇円は本件により原告らの蒙つた損害と認められ、次に、本件訴訟の内容や難易、審査期間、認容額などを考慮すると、原告ら代理人に対する弁護士費用としては、原告らにつき各五万円と認めるのが相当である。

六よつて、原告安田の本訴請求は、被告らに対し、右五1ないし3の損害金合計三七万八一五〇円及びこれに対する不法行為の後である昭和六〇年四月六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で、原告戸田の本訴請求は、被告らに対し、右五1ないし3の損害金合計二七万五四五〇円及びこれに対する右同様昭和六〇年四月六日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度でいずれも理由があるからこれを認容し、原告らのその余の請求はいずれも理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を、仮執行免脱の宣言につき同条三項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官河田 貢 裁判官武田和博 裁判官長井秀典)

別紙一

1 大阪市阿倍野区旭町一丁目六番一―一三〇七号

原告安田の居宅

2 大阪市阿倍野区旭町二丁目八番一〇号 アサヒ荘五号室

原告安田の契約する部屋

3 大阪市阿倍野区旭町二丁目八番一〇号 アサヒ荘六号室

原告戸田の契約する部屋

4 大阪市阿倍野区旭町二丁目八番一〇号 アサヒ荘一三号室

原告安田の契約する部屋

5 大阪府堺市宮下町一〇番一号

原告戸田の居宅

別紙二

場所

司法警察員

別紙一1

大阪府警察本部警備部警備第一課

司法警察員警部補 長谷勝

同2

大阪府警察本部警備部警備第一課

司法警察員警部補 古川勝三

同3

大阪府警察本部警備部警備第一課

司法警察員巡査部長 大槻進

同4

大阪府警察本部警備部警備第一課

司法警察員警部補 村松良祐

同5

大阪府警察本部警備部警備第一課

司法警察員警部補 高橋貞雄

別紙三

番号

品名

数量

封書

中野マリ子様宛

イオム通信84.12.29付一枚在中

一通

封書

やぎの会宛

イオム通信84.12.29付一枚在中

一通

封書

吉沢つねお様宛

イオム通信84.12.29付一枚在中

一通

封書

永田勇二様宛

イオム通信84.12.29付一枚在中

一通

封書

プレイガイドジャーナル宛

イオム通信84.12.29付一枚在中

一通

封書

岸園正俊様宛

イオム通信84.12.29付一枚在中

一通

封書

ひらひら様宛

イオム通信84.12.29付一枚在中

一通

封書

鈴木てつや様宛

御名御璽転写踏絵ビラ四枚在中

一通

封書

前田幸長様宛

イオム通信84.12.29付一枚在中

一通

10

封書

飯田博久様宛

イオム通信84.12.29付一枚

御名御璽転写踏絵ビラ一枚在中

一通

11

封書

宇賀神寿一様宛

イオム通信84.12.29付一枚

御名御璽転写踏絵ビラ一枚在中

一通

12

封書

大道寺将司様宛

イオム通信84.12.29付一枚

御名御璽転写踏絵ビラ一枚在中

一通

13

封書

荒井まり子様宛

イオム通信84.12.29付一枚

御名御璽転写踏絵ビラ一枚在中

一通

14

封書

黒川芳正様宛

イオム通信84.12.29付一枚

御名御璽転写踏絵ビラ一枚在中

一通

15

封書

荒井政男様宛

イオム通信84.12.29付一枚

御名御璽転写踏絵ビラ一枚在中

一通

16

封書

たけもとのぶひろ様宛

イオム通信84.12.29付一枚

御名御璽転写踏絵ビラ一枚在中

一通

17

封書

中川孝志様宛

イオム通信84.12.29付一枚

御名御璽転写踏絵ビラ一枚在中

一通

18

封書

大森勝久様宛

イオム通信84.12.29付一枚

御名御璽転写踏絵ビラ一枚在中

一通

19

封書

片岡利明様宛

イオム通信84.12.29付一枚

御名御璽転写踏絵ビラ一枚在中

一通

20

84.12.29付イオム通信No.二八六

一九九枚

21

ビラ

ちよつとおもしろいたずら遊び第二信の見出し

四三枚

22

ビラ

第一信ちよつぴりおもしろいたずら遊びへの招待!と記載

七六枚

23

ビラ

第四信ちよつとおもしろいたずら遊びの見出し

七一枚

24

ビラ

第三信″ちよつとおもしろいたずら遊び″への御案内の見出し

一七枚

25

御名入り踏絵ビラの原稿

一包

26

久保利秋様宛(〆印あり)

記載の箱

御名御璽転写踏絵ビラ一包

第四信の見出しビラ 一枚 在中

一包

27

富谷明男様宛記載の箱

御名御璽転写踏絵ビラ一包

第四信の見出しビラ 一枚 在中

一包

28

ビラ

御名御璽転写天皇写真入り踏絵

厚さ約五センチのもの

六包

別紙四

番号

品名

数量

御案内と題した用紙

(第三信ちよつとおもしろいたずら遊びへの御案内等と記載)

一枚

第四信と題した用紙

(第四信ちよつとおもしろ遊び等と記載)

一枚

第二信と題した用紙

(ちよつとおもしろいたずら第二信と記載)

一枚

イオム通信と題した用紙

(二九DEC八四 二八六号)

一枚

第一信と題した用紙

(秘 ちよつぴりオモシロいたずらあそびへ 招待等と記載)

一枚

別紙五

番号

品名

数量

ビラ

第三信″ちよつとおもしろいたずら遊び″への御案内と記載のもの

一枚

ビラ

ナイロン袋で梱包の上ガムテープを貼りつけ中に賀正…と記載のビラで戸田るり子様 芳村和勇様と宛名書きのあるもの

一梱包

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
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